2018/04/08

風邪は治療すべき病気ではない・イギリス医療制度の落とし穴

今年の1月半ばに風邪をひいた。

ロンドンで迎える初めての冬、寒さが深まるにつれ地下鉄やバスなど公共の場で、多くの人達が咳やクシャミを大っぴらにし始めた頃、日本の様にマスク着用とか、手で口元を覆ったりする人の少なさに驚愕し、毎日帰宅するや否や狂ったようにイソジンでウガイをガーガーして予防に努めるも、ついに負けてしまった。

昔から風邪をひいても発熱せず長引くタイプで、特に咽喉にくるというか、咳が悪化し気管支炎になりやすく、風邪は治ったはずなのに、いつまでたってもゲホゲホ咳が残って超辛い・・・というのがお決まりのパターン。つまり私にとっての風邪というのは、イコール数ヶ月を体調不良で過ごす修行みたいなモノで、できたら避けて通りたいというのが正直な所だったのだが、周囲に蔓延する風邪菌にやはり負けてしまった。




ロンドンの暗く寒い冬の真っ只中に、果たしてめでたく風邪をひいた私は、なんと運の悪いことに、現職場が急遽の欠員で業務負荷が倍増というドンピシャのタイミングにぶつかり、休むに休めずアンド残業につぐ残業で、心身これ見事にぶっ壊れるほどの体調悪化を引き起こし、これを描いている4月上旬現在もいまだ完治せずゲホゲホ中なのである。

しかしですね、3か月も風邪が長引くと人間はニヒルに哲学的になるもので。今回の経験を通して、風邪に対する向き合い方や、国民健康保険と医療制度、持てる者と持たざる者の格差、そして人生における仕事の位置づけについて、日本とイギリスの間の大きな違いについてアレコレ考えさせられるよい機会でもあった・・・ような気もするので、とりあえずつらつらと書いてみる。



風邪は治療すべき病気ではない

日本にいた頃は、風邪をひいたら気軽に近所の一般医へ立ち寄って診察を受け、処方してもらった薬を服用しながら学校や会社へは普通に通うのが常だった。医者へ行くヒマがなければ、薬局に行けば市販の風邪薬がスラリと何種類も並んでいるから、それでも充分コトは足りたし。

たいてい数日で症状は軽減し1週間もすれば風邪終了。要は放っておけば勝手に治るのが風邪、その間も普通に生活をするために、熱は冷まし、頭痛は和らげ、咳は抑え、鼻水やクシャミも止めてしまえ!とケミカル服用するのが、日本ではごく普通の一般的な対処法なのではないかと。

今回イギリスで風邪をひき、特に咳がひどかったのだが、薬局で買える咳止め薬がどれも効かず、「これは医者へ行って処方箋をもらった方が良いかも」と思い、近所の医療センターへ会社帰りに立ち寄り、どのような手順で診療が受けられるのか相談に乗ってもらった。



ま、結果から言うと、まずはその医療センターでGP登録をし、登録完了後に受診予約可能。その診療を受けた後、治療が必要であれば専門医へ紹介される、とのこと。意外とシンプルじゃないか、と思ったのもつかの間、GP登録後の予約が最短で1か月後と知り焦るも、ま、確かに風邪なんて治療すべき病気じゃないし、放っておけば治るんだから別にいっかー、と効きもしない咽喉シロップを飲みながら我慢してしまった。

しかし1週間経っても、2週間経っても、それどころが1ヶ月経っても治るどころか日に日に悪化する一方。さすがに緊急で受診した方が良くない?と周囲が慌て始め、渋々医療センターへ電話して緊急受診のための「当日予約」という裏技を教えてもらい翌日に受診。

もうすでに気管支炎状態で痰と咳が止まらず、下痢嘔吐微熱も続いていたので、こりゃ日常生活もままならんですわー、と担当医にブイブイ直訴するも、

医「ウィルス性の風邪だねー、時間が経てば納まるから薬での治療は不要」
医「咳の症状はハチミツ&レモンのホームレメディで凌いでね」
医「市販の咳止めシロップは効かないからやめた方がいいよー。」
医「症状があと4週間続いて辛いようだったら、もう一度受診してね、じゃっ!」

と、一通りの診察を終えて担当医はそう締めくくろうとした。

私「え、抗生物質とか処方しないんですか?」
医「うん、ウィルスには効果ないからね」

私「でも頻繁な咳発作で(←本当)仕事上非常に困る(←嘘)んですが。何かよい処方薬出してもらえませんか?」
医「じゃ気管支拡張剤インヘーラーの処方出しとくね、あんまり勧めたくない薬だけど」

といった感じで約10分の診察は終了。ちょっとゴネて咳止めの処方箋はもらったけど、基本的には

  • 風邪は放っておけば治る
  • 辛い症状は市販薬に頼らずホームレメデイで凌ぐ
  • 再診は4週間後以降

ってコトで、何の収穫もないというか、これが有料だったらキレません?というか、逆に言うと無料のNHSだからこその対処方法なんだとうな、と。




イギリス医療制度の落とし穴~持てる者と持たざる者、誰もが等しく享受できる医療サービス?

ところでイギリスの医療機関には、国民健康保険(NHS)が利用できる一般医院と、NHSが利用できないプライベート医院の2タイプがあり、この近所の医療センターは前者の一般医院、つまり全額NHSでカバーされ個人負担はゼロ、無料なのである。

しかしこの医療費全額カバーのNHS制度は、すでに破綻しているのではないか?というのが大方の見解。確かに誰もが等しく医療サービスを受けられるNHS制度は理想的にも見えるが、実際は財源緊縮により医療水準は低下し、治療を受けるのに数週間から数か月待ちは当たり前、高度先進医療は対象外など、「最低限の医療は保証しますが、それ以上を求めるのであれば自費でプライベート医院へ行ってくださいね」という感じ。

日本から来た私や、中流階級でノホホンと育ったうちの旦那さんなどは、無料のNHS制度など廃止して、日本のように有料とし医療サービスの水準を高めるべきだ!と、簡単に言ってしまうし、不便なNHSを利用するよりもプライベート医療保険に加入し、少しでも安心できる医療サービスを受けるべきでは?とも思っている。

しかしこれは、運良く仕事を持ち定期的な収入が保証されている、非常に恵まれた立場にいるからこそ言える「持てる者」の台詞なんだと、ロンドンで暮らして初めてそう思うようになった。

現在住んでいる北ケンジントン地域は、生活保護受給者や低所得層が住まう公営住宅が多く、隣の建物はホームレスのための簡易ハウスで、この国のアンダークラスに埋もれ貧困から抜け出せない人々が常に身近に感じられる環境だ。



そしてこの国のNHSという医療制度は、そのサービスの質や医療水準がどうであれ、こういった「持たざる者」へこそ、しっかりとその手を差し伸べており、むしろ弱者にこそ必要な制度なのかもしれない。

例えば件の近所の医療センターへ受診予約の電話をして、最短で1カ月後と聞かされた時に「えっ?マジっすか?超困るんですけどっ!」と少しブーたれたのだが、電話口の向こうではキッパリとした口調で

「この医療センターは、あなたよりもっと弱い立場の人や、私達の力を本当に必要としている人を優先しています」

とワガママ言う私を諭してくれたのである。確かに私には有料のプライベート医院で快適な受診を受ける選択肢があるにも関わらず、節約しなきゃと思って無料のNHSを利用したのだが、この街にはそんな選択の余地などない人々もいるし、むしろ明日の食料にすら貧窮している家庭だって普通に存在している。

私も旦那さんも、今現在はこうやって「持てる者」の側で生活をしてはいるが、物価や税金の高さと収入を天秤にかけると、私達のように働いてはいるが決して裕福ではないワーキングプア層の負担はかなり高く、いつなんどき傷病や災害などで「持たざる者」の側へ移るかもしれない不安などもあり、結構複雑な心境でもあるのが正直なところ。

あ、他にもね
  • ホームレメディという古き良き文化
  • 仕事は人生の一部にすぎず決して全てではない
  • なにはともあれ自身の健康を守るのは他でもない自分自身

などなど、思う事色々あったので、また改めて書くつもりです。

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